「明日が来るのが怖い」
中学2年生の私は、毎日のようにそう言って泣いていました。
人の視線が怖い。
注目されると、冷や汗が止まらない。
教室にいることすらできず、私は何度も保健室へ“逃げ込む”日々を送っていました。
そんな私が、数年後——
大学のミスコンのステージに立つことになるなんて、当時は想像もしていませんでした。
■ きっかけは、たった一通のDMだった

始まりは、本当に些細なことでした。
同級生からのSNSのDM。
軽いちょっかいのような内容でしたが、思春期だった私にはそれが強く引っかかりました。
「私って、周りからこう見られてるんだ」
その思考が頭から離れなくなり、
次の日の授業中、突然冷や汗が止まらなくなりました。
私は教室を飛び出し、保健室へ。
あの日から、私の「逃げる日常」が始まりました。
■ 学校も、日常も、すべてが怖くなった
症状はどんどん広がっていきました。
・授業中に人の視線を感じるとパニックになる
・朝礼やテスト中も教室にいられない
・部活の練習中でも途中で離脱
そしてそれは学校の外にも及びます。
・映画館
・美容室
・電車
どこにいても「人の目」が怖い。
私は季節を問わず、ポケットに保冷剤を入れていました。
冷や汗を止めるためです。
今思えば少し笑える話ですが、当時は本気でした。
■ 「カウンセリングなんて受けたくない」
ある日、保健室の先生に言われました。
「カウンセラーの先生と話してみる?」
今なら間違いなく「お願いします」と言います。
でも当時の私は違いました。
・知らない大人に悩みを話したくない
・友達に知られたくない
・もし治らなかったらどうするの?
そう思って、その選択を拒みました。
でも同時に、こんな疑問も浮かびました。
「話したい人はいるのに、相談できる人がいないのっておかしくない?」
そして、こう思ったんです。
「じゃあ、私がそういうカウンセラーになればいい」
これが、私が心理カウンセラーを目指した原点です。
■ 「私が私を治す」と決めた日
そこからは、試行錯誤の連続でした。
・授業に向けて徹底的に準備する
・先生に頼んで席を後ろにする
・心理学の本を読み漁る
そして、ある決断をします。
あえて人前に立つこと。
・合唱祭の指揮者
・応援ダンス
・授業での発言
正直、かなり無謀でした。
でも少しずつ、
「昨日できたから今日も大丈夫」
「またできた」
そんな小さな成功体験が積み重なっていきました。
■ 6年半後、私はミスコンのステージに立っていた
初めて症状が出てから約6年半後。
私は大学のミスコンに出場しました。
ステージの幕が上がる瞬間、
あの頃と同じ不安がよみがえりました。
でも私は、こう心の中で繰り返しました。
「私はもう大丈夫」
あの保健室に逃げていた日々が、
すべてこの瞬間につながっている気がしました。
■ 「今つらい人」に伝えたいこと
よくある言葉があります。
「いつか良くなるよ」
でも、つらい時って思うんです。
「いつかじゃなくて、今がつらい」
私もそうでした。
だから無理に前向きなことは言いません。
ただ、これだけ伝えたいです。
「同じように悩んでいた人が、ここにいるよ」
それだけで、少しでも心が軽くなるなら嬉しいです。
■ そして今、心理カウンセラーへ
私はその後、同志社大学で心理学を学び、
大阪大学大学院で臨床心理学を専攻しました。
現在は社会人1年目。
・公認心理師資格を取得
・臨床心理士も合格(登録手続き中)
あの日思い描いた「誰かに寄り添えるカウンセラー」に、少しずつ近づいています。
■ これからの夢
私の次の夢は、
「読むだけで心が軽くなる本を書くこと」
です。
この発信を通して、
少しでも誰かの心が楽になるきっかけになれば嬉しい。
そんな想いで、これからも言葉を届けていきます。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
志賀可奈子






















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